2.休職中の副業


「お邪魔します」

「はい、どうぞどうぞ」

「えっと、荷物は……」

「あ、すみません。ここに置いてください」
(トス)

「はい」
(トス)

「えーっと、どうぞ、おかけください」

「悪いわね、突然押しかけたりして。お茶とかもいらないから、更級さんも座って?」

「いえ、せめてお茶ぐらいは飲んでいってください。わたしも、本当言うと熊澤さんにお会いできて嬉しかったです。ご迷惑だったかもしれませんが」

「迷惑なんかじゃないったら」

(ジャー。カチッ。ヒョイ)

(あら? 水をケトルに入れたら、小さなカッターを持って、何かしら?)

(シャーーー。ガサゴソ。ジー)

(あ、段ボールからコウペンちゃんのぬいぐるみが出てきた。熱心に見てるなぁ)
「可愛いわね。私もコウペンちゃん好きよ」

「あ、すみません、お客様の前で。つい」

「お客様だなんて、気をつかわないで。私は久しぶりに更級さんに会えて、お話しがしたいな、と思っただけなんだから」

「わ、わたしも……熊澤さんとはお話しがしたかったです」

「フフ。他の荷物も、コウペンちゃんのぬいぐるみだったりするの?」

「あ、いえ。他は、キティちゃんのお財布だったり、いろいろです」

「へーえ」(なるほど……)

「す、すみません、熊沢さん! 会社にはこのこと、秘密にしてもらえますか?」


「秘密って、なんのこと?」
(ああ、やっぱり)

「わたし、少し前から日本の可愛いものを外国に売ってるんです。シンガポールとかマレーシアとかに」

「あら。売ってるのかな、とは思ったけど、外国に売ってるんだ。なんというか、意外ね」

「日本だと、わたしが売れるものはもう普通に売ってますから。外国になら、日本で買ったものを高く売れるかな、と」


「う~ん」(うちの会社、副業は禁止なのよね。ましてや、休職中かあ。これはまずいこと聞いちゃったかな?)

「会社が副業禁止なのは知っています。黙ってやってるので、いけないことですよね。だけど、法律には違反してないはずなんです。休職中にもらう傷病手当金(協会けんぽのHPへ外部リンク)も、会社で働くよりも軽い作業をすることまでは禁止してませんから」

「え、そうなんだ。ごめんなさい、そのあたりは疎くて。私、イヤな顔してた? 法律違反でないのなら、会社の副業禁止なんて私も気にしないわ。絶対、秘密にしてあげる」

「すみません、ありがとうございます。あ、傷病手当金をもらってても軽い副業なら不正にならないっていうのは、社会保険庁(当時)の通達(「厚生労働省」HPへ外部リンク)から解釈してます。熊沢さんも、もしよければ確認してください!」
(ガサゴソ、バサバサ)

(パラパラ)
「ふーん、傷病手当金関連の資料か。更級さんを疑うわけじゃないけど、勉強だと思って目を通させてもらうわね。フフフ、更級さんは休職中でも仕事を引きずってるみたいね」
(私たちの勤める会社は、福祉を必要とする方へのサポートを手掛けているから、行政の福祉事業を幅広く知っておくことは重要だわ。更に、その制度や手続きを法令から解釈しようとする姿勢は貴重ね)

「そ、そんな。ずるいだけです。それに、解釈も浅はかかもしれませんし……」

「そうかなー。まあ、傷病手当金請求書(協会けんぽのHPへ外部リンク)にも副業収入を問う欄もないし、聞かれてなければ言わなくてもいいんじゃない? 医師は更級さんの考えに協力的な先生なの?」

「はい、休職中に転職活動でも、やれることをやればいいって。会社にももちろん言わないからって言ってくれてます」

「じゃあ、世間は副業推進の方向だし、最悪の場合を考えても法律レベルで糾弾されることはないんじゃないかな。ただし、会社には副業禁止規定違反で懲戒対象にはなるかもしれないから、バレないように気をつけなきゃね」

「はい……あ、ありがどうごじゃいましゅ~~~」
(グスグス)

「大変。ティッシュで鼻拭いて」
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