朝、起きるのがつらいんです

小説

 皆さん、はじめまして。

 私は森朱知(もり あけち)と申します。24歳。女性です。

『朱知』というのは珍しい名前だとお思いでしょうか?

 特に口頭で聞くと、女性らしくないと言われることがよくありますので、気になる方がいらっしゃるかも知れないので、本題に入る前にこの名前について説明させてください。

 この名前の由来は『明智光秀』からきています。

 あの、本能寺の変で名高い(名高い?)戦国武将の、姓です。

 父がとても好きな武将らしいのです。私が男だったら、『光秀』になっていたと思います。私が女性だったのでさすがに男性名をそのまま取るわけにはいかず、それでも諦めきれずに、姓の漢字を少し変えて『朱知』となったそうです。

『明智』でなく『朱知』としたのは、母の意見によるものらしいです。お母さんのお手柄です。『明智』ではやはり男性っぽいと思いますし、何より『めいち』と読むと、どれだけ賢いんだと思われて、後でがっかりされること請け合いです。ええ、請け合ってしまいます。

 お父さんもお母さんも地元では名前の通った高校と大学を卒業していて、私も小学生の頃はオール5の通知表を持って帰ったりもしたのですが、最終学歴は自慢できるものではありません。こんな言い方をすると、同じ学歴の方に怒られてしまいそうですが、私はどうしてもお父さん・お母さんと比較してしまうので、内心の問題としてご勘弁願いたいと思います。実際に誰かと顔を合わせて、学歴の良し悪しなどは語りません。

 さて、前置きが思いがけず長くなってしまいましたが、本題に入ります。

 今回は、私の不思議体験を誰かに話したくて、この記事を書いています。

 ああ、この内容じゃあ、友達や親にも話せないな、ということは、この後お付き合いいただき最後まで読んでいただければ、分かっていただけると思います。

 出来事が起きたのは、今日のことです。忘れないうちに文章にしています。

 それは夢の中で起きました。

 ああ、夢の話ね、と呆れないでください。ちなみに私の母に夢の話をすると、『500円』とお金を取ろうとします。『今日はちょっと面白かったから100円でいい』と言われることもあります。払ったことはありませんが。

 というのも、私はよく夢をみるのです。疲れ果てて深く短い睡眠だと夢もみないと聞きますが、私は長く寝ます。10時間以上は寝ます。このところは疲れることも特にありません。仕事は休職中で、働いていないからです。

 昔からよく寝る子ではあったそうですが、生活に支障が出るまでになったのは、高校二年生の頃からです。ある朝、起きるのがつらくて、学校に行けなかったことがあり、それがだんだんと回数を重ねて、とうとう不登校と言われる状態にまでなってしまいました。

 それでもなんとか留年もせず進級して、奇跡的に浪人もせずに大学に入ることができました。その後、就職試験を突破し、社会人(市役所職員)3年目にして休職に入り、今に至ります。

 振り返ってみても、よくやってきた方だと思います。特に大学など、入れたのも奇跡なら、卒業など本当はさせちゃいけない出来だったはずです、あの卒論では。ゼミ担当の先生はよほど教育に興味がなかったのでしょう。大変感謝しています。

 公務員になったのは、他にやりたい仕事が思いつかなかったからです。という発言も、怒らせる人がいることは分かっているので、匿名の場でない限り口にはしません。筆記試験は、ぎりぎりの点数だったと思います。中学以来、勉強は苦手ですが、テストや受験に最低限必要な分量だけは、なんとかやれるみたいです(これまでのところ)。大学の履修科目が試験の分野と重なっていたのも、有利に働きました。

 地獄は、その後始まりました。大学で授業をさぼりにさぼった後の、朝早くに起きて出勤を欠かさず繰り返す毎日は、まさしく地獄です。日本全国の多くの方々がそれを平気でやっていらっしゃることには本当に頭が下がります。朝、起きるのつらくないですか?

 私が耐えられたのは2年間まででした。よく耐えたと思います。3年目に入り、私と上司の不注意による仕事上のミスを、上司が(嫌な上司が)私一人の責任ということにしてくれ、後で引き立ててやるから、と気持ち悪く信用もできない取り引きを聞かされてから、地獄に行くのをやめました。

 それ以前から精神科には定期的に通っていたので、休職のための診断書はすぐに出ました。

 それ以来、一日に10~12時間は寝ている毎日です。

 ここまでが、本題に入る前に知っておいてほしい私の背景です。お疲れさまでした。

 私がこれだけの時間寝ているのには、実は特別な事情があります。夢の中に親友がいるからです。

 子供の頃から、決まった一人の親友が、いろいろな夢の場面に出てきます。他の人がそうでないと知ったときには、びっくりしたものです。私が特別なのだと知ったのは、サンタクロースが本当はいないと知ったのと同じような時期だったと思います。親や友達などを始めとして、矛盾してあいまいな情報が入ってきて、疑問に思い、半信半疑を経て徐々に確信に変わっていった過程も似ています。

 今でも、時々皆のほうが忘れているか、一部にはあることを知らないだけか、私をだましているような気がすることがあります。夢だけで会える友達とか、いませんよね?

 とにかく私には、夢だけで会える親友が子供の頃からいます。彼女のことは『リリ』と呼んでいます。私のことは『アケ』と呼ばれています。彼女のフルネームは、リリア・フォン・グナイゼナウです。お国はプロイセンです。ドイツではなく、プロイセンです。ここまで話すと、大抵の人には引かれます。

 見た目は、私が覚えている限りほとんど変わらず、高校生ぐらいのままです。出会ったのは私が小学生の頃ですので、見上げていたお姉ちゃんが、今では年下のお友達のようになりました。

 とは言え、彼女は昔からとても大人びています。今でも、年下のようなのは見た目だけで、中身は私が知るどんな大人よりも成熟しているのを感じます。最近、お国では『宰相』になったと聞きました。これは誰にも話したことがありませんが、話したらどんな顔をされるんだろうなあ、と自虐的に想像してみたりします。

 そんな忙しい彼女ですが、毎日のように私に会いに来てくれます。ええ、夢の中で。

 彼女のいるプロイセンは、私の知るドイツと同じく、日本より8時間遅れの時差があるため、日中忙しい彼女と会うためには、私が余分に寝ている必要があります。例えば私にとっての6時は、彼女にとって22時です。彼女は私と違って極めて優秀で、そのため多忙なので(宰相です)、17時を過ぎてもなかなか自由な時間はないのです。

 そこで、彼女が寝る直前と、私の起きる直前が重なる少しの時間だけ一緒にいられたのですが、大学生の頃や休職以来、私が朝長く寝ていることで、会える時間が長くなりました。リリはその分、寝る時間を削っているわけですが、平気だそうです。

 なぜなら、彼女は魔法使いだからです(これは子供の頃に人に話したことがあります。幼い子の言うことで、微笑ましく受け取ってもらいました)。

 そんなリリが、最近妙なことを言い出し始めました。

「アケ、時間があるなら、こちらに来ない?」

「こちらって?」

「夢の中じゃない、わたしが住んでる世界へ。しっかりおもてなしするわよ?」

 リリと会えるのは夢の中だけ、ということは私にとって地球が丸い、と同じぐらいの常識だと思っていたので、この提案には度肝を抜かれました。

「行けるものなら行きたいなあ」

「ほんとに? じゃあ、準備するから待っててね」

 そう言い出して、時々進捗報告のようなものを聞かされて、半年経過した今日、ついに彼女は言いました。

「魔法が完成したわ! 今日、この後予定ある?」

「予定はないよ。何時まで寝てても平気」

 社会人が口にするのははばかれるようなことも、リリにはためらいなく正直に言えるのです。

「じゃあ、最後に念入りにアケを観させてね」

 リリは私を360度じっと見るだけでなく、色々な格好で抱きしめたり、手のひらで身体中を撫で回したりしました。だから、彼女のこの言葉には『見させて』ではなく、『観させて』と漢字をあてました。

「ふう、よし、よし、大丈夫。じゃあ、えーっと、行くよ!」

「うん!」

 私はこの時にはすっかり、彼女の世界へ連れて行ってもらう気になっていました。地球がなんとやらの常識も、リリが言うのなら覆るのです。

 改めて、正面から包み込むように抱きしめられて、私は夢心地でした(夢の中で)。

 少しめまいがしました。気がつくと、身体が横になっていました。

 いつの間に倒れてしまったのだろうと思ったのですが、身体はどこも痛くありません。それどころか、何の感覚もなくて、目を開けることもできず、恐ろしくなってきました。

「アケ、アケ、聞こえる?」

 リリの声が聞こえます。それを意識すると、段々と身体に感覚が戻ってきました。やはり痛みはなく、それどころか家のベットとは明らかに違う、ふっかふかのクッションに横たわり、暖かくて軽い掛け布団を被せられている安心感がありました。

 閉じたまま貼り付いていたようなまぶたを開けるには、意思の力がいりました。

 パチリ、と目を開きましたが、光がまぶしくて、すぐにとじてしまいました。

「ああ、アケ、いらっしゃい。ようこそ、わたしの世界へ!」

 歓喜に震えるリリの声が聞こえます。

 その顔が見たくて、今度はそうっと、大きな枕の中で頭を傾けて目を開けました。

「リ……」

 うまく声が出ず、むせてしまいました。

「ああ、無理しないで。声はまだ出さなくていいわ」

 そんなことを言いながら、私の口元から胸までを優しくさする彼女は、間違いなく私の夢の中の親友、リリでした。金髪で、碧眼で、立派な貴族のような、薄くてヒラヒラしたドレスを着ています。

「ん、んん」

 喉の調子を整えてみると、今度はいけそうです。

「リリ?」

「そう、リリよ。あなたはアケ。私達は長年の親友。今日はあなたを、わたしの世界に招いたの。このために新しい魔法を研究したのよ」

 魔法かあ……便利だなあ、すごいなあ、と思いました。

「ほら、これがあなた」

 リリは手鏡で私の顔を見せてくれました。

 いや、私の顔? 位置からしてそのはずですが、そこには見慣れた私の顔ではなく、あらゆる欠点のない完全無欠の美少女が映っていました。ノーメイクで寝起きの顔の、むくみ・くすみなどどこへやら。瞳は宝石のように輝き、頬は瑞々しい薔薇のような明るい色を帯び、唇はあくまで艷やかだ。そして、そのつもりはないのに優しい笑みを浮かべているような表情を、自然に浮かべています。

「こちらの世界であなたの身体になる”仮初”よ。あなたの意思をわたしの魔法で形作ったから、本物のあなたと瓜二つでしょう?」

 リリの自信満々な声に、異を唱える気にはなれません。

「え、ええ。ありがとう」

 言われてみれば、自分の面影がないこともないのです。瓜とメロンぐらいは違いそうですが。

 ケホケホ、とまたむせてしまいました。どうも喉が渇いているようです。

「あ、お水を。ちょっとまっててね」

 タタッ、と身軽に動くリリは、鏡の中の私以上に完璧な美しさと、躍動的な魅力があった。

「はい、どうぞ」

 水差しから注いだコップ一杯の水が、なんとも貴重なものに見えました。実際、そのグラスは高級品なのでしょう。リリの細い指に囲われてゆらめく水の、なんと幻想的なことか。

「いただきます」

 私は上半身をぎこちないながらも慎重に起こして、そのグラスを受け取りました。

 口元にゆっくり運び、そっとその液体(甘露?)を口に含みました。

 味はせず、匂いもなく、少しだけひんやりしていました。ゴクリ、と飲み下した瞬間、違和感がありました。

「あれ?」

 喉を水が通った感じがしません。そのくせ、お腹の中で広がる感覚がありました。

「あれれ?」

「アケ?」

 心配そうに私を見守るリリを、私は正面から見返していませんでした。それどころか、上からも、横からも見ていませんでした。

「どうしたの? アケ? アケ?」

 リリに答えてあげたかったけど、できません。それどころか、リリが必死に呼びかけていた虚ろな”仮初”は、フイと消えてしまいました。その手に持っていたグラスは落ちて、中に残っていた水が掛け布団を濡らします。そして、”仮初”が体重をもたれかかっていた大きな枕もまた、濡れていました。”仮初”が消えても、その中に流し込まれた水は、この世界から消えなかったのです。

 私の意思は、もう”仮初”にはありません。

 だけど、リリの様子はまだ見えます。この場を意識することもできます。この時は……

 そこから先、朱知の言葉は焦点がほぐれ、結ばれることがなかった。

「いけない!」

 リリアは可能な限り迅速に事態を察知し、必要な対処をほどこした。

 次に気がついた時、私は自分の身体にかかる重力を生まれたてのように実感しました。

“仮初”から意思が離れてしまった後の成り行きは、リリから知らされた記憶だけが残っています。聞かされた覚えはなく、記憶だけがあるので、妙な感じです。

 リリによると、用意した”仮初”が不完全だったので、危険な目に遭わせてしまい申し訳ない、ということでした。それはそれは、心底申し訳ない謝意を直に記憶の中に届けられていました。扱いに困るくらいです。

 もちろん、私にリリを責める気持ちはありません。たとえ、あとわずかにリリの対応が遅れ、少しでも不手際があったなら、私の意思はあちらの世界で無限に薄まり、実質的な消滅の可能性があった、と知らされても。

 こちらの世界で目を覚ますと、心臓が激しく動悸を打っていました。直前に何事か叫んでいたかも知れません。喉が渇いている気がしましたが、しばらく水を飲むのには勇気がいりそうです。トイレにはすぐに行きました。

 時計を見ると、お昼の12時を回っていました。さすがにこの時間まで寝続けたのは、最近では珍しいことでした。昼夜逆転していた大学生時代でなら珍しくありませんが。

 そう、その頃に比べると、休職中とはいえ、復職を目指して生活リズムを整えようと、処方された睡眠薬もきちんと飲んで、早寝はしているのです。

 ただ、夢の中だけの親友と別れるのが惜しく、早起きはできそうにありません。

 目を覚まして現実に戻るよりも、幸せな夢の中に居続ける誘惑に負け放題です。

 皆さんは、朝起きるのがつらくありませんか?

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