分岐シナリオでわかる年金請求書の添付書類〜あの約束を忘れない~(3/5)

銀行 分岐シナリオでわかる年金請求書の添付書類〜あの約束を忘れない~

※このシナリオはフィクションです。

 3 【オレ】24歳 【彼女】23歳

「悪いが、この事業計画では、到底融資などできない。そもそも、僕が納得できていない。どうしてキミがホビーを売るんだ? しかも、まだマーケットが確立してもいない専門ECサイトをメインでやっていくだなんて、リスクが大きすぎるだろう」

 大手銀行の応接室で、オレは久しぶりに顔を合わせることになったアイツと、高校時代とはまるで違う種類ながら、当時と劣らぬ熱意を込めて話し合いをしていた。オレが会社の融資を申し込み、アイツが銀行側の窓口になっている。

 オレはプロのミュージシャンとして活動をしながら、音楽関連の販売事業も起こして、実績を残していた。その販売事業を通じて得た感触から、ホビー販売事業に本格参入しようとしていた。そのために必要な融資を、大手銀行に入行したばかりで融資先を探しているというアイツに、打診をしてみたのだ。

「マーケットが出来上がってないからこそ、切り込む価値があるんだ。オレは扱うものこそ別物だが、通信販売を二年手掛けてきた。実績はそこにある通り、急激な右肩上がりだ。コツはつかんでる。その上で確信があると言ってるんだ。日本でホビー専門のECサイトを先駆ければ、でかいマーケットを独壇場でのし上がれるチャンスがある」

「だが、キミはあまりに畑違いだ」

「オレは何も、自分で工場に行ってフィギュアを作ろうってんじゃない。人が求めるものを知り、簡単に、安く届ける仕組みを作るんだ。そのために必要な工程はむしろ、ライブ会場で聴衆の熱狂を受け止め、倍返しで音を返しながら、共に高まっていく感覚に近い。どうだ、これなら今までオレがやってきたこととつながるんじゃないか?」

「そんな説明で融資の稟議は通らない。誰もが青春時代にバンドをやってたわけじゃないんだ」

「だが、おまえならわかるだろう?」

 高校時代と関係は変わっても、お互いがわかり合っている信頼は失っていない。そんな時に言葉を惜しむのは悪い癖かも知れないが。

「ああ、キミの言いたいことはわかるさ。だけど、残念ながらそれだけで無理を通せるほど、今の僕は力を持っていない。それに、キミが抱えようとしているリスクは、今のキミにとって荷が大きすぎる。これは、正直な僕の感想だ」

「今のオレだって?」

「そうさ。キミがそう言うのなら、ホビー専門のECサイトが、これから日本のマーケットで大きくなっていく、というのは信じるよ。だけど、その草分けは他の大手に任せて、その間に準備を整え、十分にマーケットが育ったところで参入すればいいじゃないか。そのための計画になら、僕も全力で協力したい」

 アイツは力強く言い切った。

3Y「そんな後追いじゃだめなんだ!」

そんな後追いじゃだめなんだ!

「そうか……。では、銀行員としての話はここまでだ。ここから先は、僕個人として話をさせてくれ」

 結果として、アイツが勤める大手銀行からの融資は受けられなかった。しかしその後、アイツの勧めで地方銀行をいくつか回り、なんとか新事業のスタートを切るだけの資金は集められた。

 その後のオレの行動は、良くも悪くも世間を騒がせた。もしかしたら、騒がしい声の大きさは後者の色合いが強かったかも知れないが、オレの知ったことではない。

 ホビー業界の老舗大手が虎視眈々とこちらをうかがっているスリルを楽しみながら、オレは人が求めている商品を敏感に察知することに神経を研ぎ澄ませた。また、それを届けるための手段は、あらゆる知識や経験や勘を総動員して、考えに考え抜いて、満足のいく形にしようと試行錯誤を繰り返した。

 毎日のようにトラブルが舞い込み、それに目まぐるしく対処しているうちに、資金は雪だるま式に増えていった。ただし、前のめりにやり続けていると、時には大きく空振りし、こてんぱんにされることだってある。

〈赤字が100億円を超えるだって?〉

「ハハハ、今回はでかいよな」

〈よく笑っていられるな。銀行の中でだって、僕はそんな真っ赤な帳簿を扱ったことがない〉

 アイツは五年ほど銀行員をやった後は、政治家の父の秘書となっていた。この調子なら、末は本当に大政治家になるのだろう。ただ父の敷いたレールを走っているのではなく、誰の意見にも素直に耳を傾け、貪欲に学ぼうとし、そして何が何でも前に進み続けるアイツを見てきたオレは、そう信じて疑わなかった。

「まあ、見てろよ。もうおまえの世話になる段階は過ぎた。オレにだって、おまえ以外にも頼れる仲間ができたんだ。オレはおかしな音を出してるパートを聞き分けて、他の音でカバーをして、仕上げにどでかいリズムを叩くだけさ」

〈ああ、キミの仲間には同情する。だが、あまり強引にやりすぎて恨みを買うと怖いぞ。気をつけろ〉

「みんなに好かれるオレじゃない。そこはどうにもならないさ」

 実際のところ、何気ない発言でとんでもなく大ごとになって叩かれることは少なくない。慣れないうちはびっくりしたものだが、回数を重ねるごとに、笑い飛ばすこともできるようになっていった。とはいえ、何でもかんでも批判を軽んじているわけではない。

 オレは、人を幸福な気持ちにさせることが好きで動いている。皆を怒らせたいわけじゃない。だから、時には頭だって下げる気になる。それが毎度ではないというだけだ。

 そのあんばいが大きく間違ってはいないだろうと信じられる根拠の一端が、通帳の残高に記帳されているのだと思っている。

『世界を平和にする』

 その願いは、約束は、手段を音楽から実業に替えて、今でも忘れずに力いっぱい守り続けている。

3N「おまえと計画を練るのも面白いか」

「ああ、やってやろう。今の事業計画の中に、後で世間をあっと言わせられそうなものがいくつかある」

 アイツがそう評した中でも、特に成功したのが3Dモデリングアプリだ。

 これは、ミュージシャンと音楽関連の販売事業のかたわらで開発を進めて、三年後に大きな金に化けた。

 だが、そのアプリを運営するのはオレではなく、突如としてアメリカから参入してきた巨大ECサイト企業に買い取りをされたのだった。

 日本のホビー業界の大手ばかりに警戒をしていたオレは、それらとは規模が桁違いのアメリカ企業の参入に抗うことができなかった。

 律儀に協力を続けてくれていたアイツは、想定外の事態になったことで過去の自分を悔いていたが、感謝こそすれ頭を下げられる筋合いではなかった。銀行員から政治家への転身準備も忙しいアイツが、オレのために捻出した時間の価値は、一時的な結果だけで計れるものではない。

 検討を重ねた結果、オレが開発していたアプリは、これから日本のホビー業界で覇権を握るであろう件のアメリカ企業に売り込むのが一番だと決断した。それは、損切りと呼ぶにはそぐわない高値で売れて、世間を驚かせた。

 それほど知られることのなかったオレの名前は、それを機に一躍注目を集めるようになった。

 その後、ずっと続けていた音楽活動が、大きなヒットを飛ばした。アイツはそれを自分のことのように喜んだが、その時期のオレは、アイツのそんな様子に苛立たしさを覚えた。

 オレは世間に求められ、それまで以上に真剣に音楽と向き合った。音楽関連の販売事業からも手を引き、ミュージシャンの道に専念すると決めた。

 その際、オレは孤独でいなければならないと思い込んだ。そう思い込めば思い込むほど、オレの生み出す音楽は人々に受け入れられるようだった。

 オレは部屋の明かりのスイッチを切るように、取り付く島もなく、それまで大切だった人ほど頑なに遠ざけた。

 その激しい動きは、彼女とアイツとの関係にも影響を及ぼさずにいられない。オレ由来の感情のもつれを持て余した二人は、程なくしてオレと同様の距離を、二人の間にも設けるようになったのだろう。人伝に聞いた二人の関係から、オレは感傷的にそんなふうな想像をしていた。

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