現在、年金記録は1人に1つの基礎年金番号で管理されてる。
平成9年に基礎年金番号が導入されるよりも前は、厚生年金保険や国民年金などの制度ごとに番号を付けて記録を管理していた。しかし、それでは制度を通じた記録の把握が困難だった。
そこで、基礎年金番号が導入されることになり、それまでに複数の年金番号を持っていればそれらを統合して、記録を統一的に管理できるようにした。
しかし、平成19年になっても基礎年金番号に統合されず、持ち主不明の年金記録が約五千万件もあることが、公表された。
これを指して「宙に浮いた年金記録」といわれるが、ではなぜ、平成9年の統合作業にも関わらず、これほどの規模で基礎年金番号に統合されない記録が残ってしまったのか。
ここでは、主要な原因と思われるものを3つ紹介する。。
同じ制度内で複数の年金番号の発行が常態化していた
基礎年金番号が導入される前でも、同じ制度内ではそれぞれ1人につき1つの番号を使い続けることが原則だった。
ところが、転職の際、前の会社で使っていた厚生年金保険の年金番号を新しい会社に伝えず、そこでまた新たな年金番号が発行されることがあった。同じようにして転職を繰り返すと、1人がいくつもの年金番号を持つことになる
国民年金でも同様にして、再加入の際に前の国民年金の年金番号が分からず、新規の加入として新たな年金番号で手続きすることがあった。制度内では1人に1つの番号で管理するという原則は、徹底されていなかった。
旧社会保険庁側でも、こうした状況は把握していた。しかし、たとえ1人が複数の年金番号を持っていたとしても、年金を請求する際にそれらの年金番号や年金加入記録を申し出てもらうことで、最終的に正しい年金記録で年金を支払えるものと考えられていた。
しかし、結果としてその目論見は大きく崩れていたことが、「宙に浮いた年金記録」の約五千万件として明らかになった。
60歳や65歳になった時点で、20歳前後に受け取った年金手帳等を漏れなく保管し続けて提出できるものか-今となってみればそれは、難しすぎる要求だったと分かる。
とはいえ、旧社会保険庁も、年金手帳等をご本人が保管し続けてくれるという信念頼りだったたわけではない。ご本人が年金番号を申し出できなくても、その加入記録の申し出さえあれば、旧社会保険庁で保管している記録からをそれを探し出せるはずだった。
ところが、それについても誤算があった。
元々のオンライン記録に、大量の誤りが生じていたのだ。
つまり、ご本人が加入記録を正しく申し出たとしても、ご本人の氏名や生年月日が誤って収録されているため、その年金記録を見つけられない可能性があった。
厚生年金保険ではご本人の住所を管理していなかった
「宙に浮いた年金記録」の中には、氏名・生年月日・性別の一致から、その持ち主と思われる方を日本年金機構側で抽出できるものがある。
しかし、厚生年金保険では住所の管理がされていなかった。そのため、厚生年金保険の持ち主を確認するためには、氏名・生年月日・性別の一致だけでなく、その加入期間に勤務していた会社名等の申し出内容まで一致する必要があるとされている。
この必要があるために、厚生年金保険では「宙に浮いた年金記録」の持ち主を特定するのにご本人の記憶からの申し出が不可欠となってしまい、その解明を一層難しくしている。
住所を管理していた国民年金の記録では、氏名・生年月日・性別に加えて住所も一致すればご本人のものと確認できるのだから、厚生年金保険の住所の欠落は、制度上残念なことだ。
しかし、それを踏まえた上で、ご本人が昔の会社名を覚えていないことを理由に、氏名・生年月日・性別が一致する年金記録を持ち主不明のままにしておくことは、いつまでも堅持すべき取り扱いなのだろうか、と疑問が生じる。
詰めるべき条件は諸々あるが、現在の解明作業が陥っている膠着状態を一突きできる余地が、ここには残されている気がする。
氏名のフリガナが本人確認なしに入力された
かつての厚生年金保険の記録では、住所だけでなく、氏名のフリガナも管理していなかった。
ところが、昭和54年から平成元年にかけて行われた、年金記録を紙台帳からオンラインに入力する作業では、カナ氏名の入力が必要とされた。しかし、その前に会社を辞めてしまっている方のカナ氏名は、ご本人に確かめようがなかった。
そこで、漢字氏名を「一般的な読み方」によりカナに変換するシステムを開発し、それによって漢字氏名からカナ氏名への変換が行われた。しかし、ご本人の確認によらず変換されたカナ氏名は正しいとは限らず、誤った読み方のままでカナ氏名が入力された記録が発生した。
記録の氏名が間違っていれば、正しい氏名で探しても、それは見つからない。旧社会保険庁・日本年金機構の職員もそのことは承知しているので、年金記録を調査する際には、様々な読み方で年金記録の氏名検索を試みる。
それでも見つからなければ、申し出のあった会社の名簿を探し出し、その中からご本人の記録を探すことになる。
このように、カナ氏名が間違って収録されている可能性の組み合わせや、申し出に該当する可能性のある会社の社員名簿の調査などは、旧社会保険庁から担当職員に求められていた技能だ。
しかし、旧社会保険庁からの年金制度や取り扱いの変遷に精通したベテラン職員は、現在の年金機構にどれだけ残っているのだろうか。古きを知っているベテラン職員が、時間経過とともに組織からいなくなっていくのは道理だ。
年金記録問題を解明するための新たな取り組みを始めるなら、早い方がいい。
まとめ
ここでは、年金記録問題の主な原因として、「同じ制度内で複数の年金番号の発行が常態化していた」、「厚生年金保険では住所を管理していなかった」、「氏名のフリガナが本人確認なしに入力された」の3つ紹介した。
この中でも3つ目の、「氏名等が間違って入力された」とは、その大部分が旧社会保険庁の責任であろうことを前提に、届け出をした事業主側のミスや、ご本人の事情による別の氏名や生年月日が届け出られたケースがあることも想定されている。間違いの内容によっては、偶然でしか見つけられない記録もあるだろう。
ここに至れば、解明できそうにない記録と、解明の可能性が高い記録を分けて考えて、後者に対しては新たな取り組みを検討しなければいけない時期に来ているものと考えている。