平成19年、公的年金に持ち主不明の記録が約五千万件あることが公表された。その他にも年金記録には誤り等があることが分かり、これら一連の問題を指して「年金記録問題」といわれるようになった。
その問題の影響は非常に大きく、当時年金制度を運営していた社会保険庁の解体に留まらず、政権交代にすらつながった。
それから16年経った令和5年現在、社会保険庁の後を引き継いだ日本年金機構になってからも、年金はたたびたびニュースの題材になった。
しかし、年金記録問題については近頃あまり聞かない。
ここでは改めて、年金記録問題の内容を振り返ると同時に、それが現在どの程度まで解決されているのかをご紹介したい。
残り千七百万件
年金記録問題の発端となった、約五千万件の持ち主不明の年金記録は、「宙に浮いた年金記録」といわれている。これは、基礎年金番号に統合されていない年金記録のことを指す。
平成9年以来、公的年金の記録は1人につき1つの基礎年金番号で管理されるのを原則としているが、それより前は厚生年金保険(船員保険含む)、国民年金、共済年金と、制度ごとに違う番号で管理されていた。平成9年時点で複数の年金番号を持っている場合は、その中の1つを基礎年金番号とすることで、記録を統合して管理するようになった。
また、従来より年金の請求手続きの際には、ご本人が年金記録の確認をすることになっていたため、加入した記録は漏れることなく、年金として受け取れるものと考えられていた。
ところが、平成19年に公表された「年金記録問題」の取り組み以降、年金受給者にも記録の漏れが判明するケースが多数生じた。(「【概要版】年金記録問題に関する特別委員会報告書」の概要12「回 復人数など : 受給者 688 万人 被保険者等 670 万人」参照。「社会保障審議会 日本年金機構評価部会 年金記録問題に関する特別委員会 報告書のとりまとめ」より。厚生労働省HPへ外部リンク)
年金請求時の確認で記録の漏れは防げるという目論見は、現実に失敗していることが明らかとなった。
では、令和5年現在、平成19年に約五千万件あると公表された持ち主不明の年金記録はいくつに減っているだろうか?
1,726万件-この数字が、「解明作業中又はなお解明を要する記録」として公表されている。(「未統合記録(5,095万件)の解明状況 <令和5年9月時点>」を参照。「年金記録問題に関する取り組み」>「取り組みの状況」より。日本年金機構HPへ外部リンク。)
一方で、「解明された記録」は3,369万件とされている。
会社名を教えて
直近の「年金記録問題への取組状況について」(日本年金機構HPへ外部リンク。「年金記録問題への取組状況」等の取りまとめについて」>「令和5年度」>「10月」より)によると、1ヶ月の解明件数は1.8万件と読める。
1ヶ月に1.8万件という解明件数は、一見すると大きな数字に思える。しかし、仮に「1,726万件÷1.8万件÷12ヶ月≒79.9年」という単純な計算式を参考にしてみると、このままのペースで問題の解決に至るには、あと80年近くかかってしまうことになる。ペースを上げなければいけないだろう。
解明のペースを落としている原因はどこにあるのだろうか?
その一つとして、「宙に浮いた年金記録」の持ち主を確定するためには、ご本人側の記憶による回答が必要というやり取りに注目している。
つまり、氏名や生年月日の一致あるいは近似により 「宙に浮いた年金記録」の持ち主の可能性が高いと判断されていても、厚生年金保険であれば会社名を、国民年金であれば当時の住所について回答がなければ、その年金記録の持ち主とは確定されない。あるいは、回答があったとしても、その内容が対象の記録と合致しない限り、やはり記録の持ち主と確定されない。
これが、記録解明のペースを落とす原因になっているだろう、ということだ。
しかし、昔の短い期間の会社名や住所を、思い出すのは難儀なことだろう。
または、すでに全ての年金記録は年金として受け取っているものと安心し、こうしたお知らせがあっても回答を返送しない方もいるかもしれない。問い合わせ内容の会社名や住所をすぐに思い出せないため後回しにして、そのままになっているかもしれない。あるいは、日本年金機構からの見慣れないお知らせ何らかの詐欺かもしれないと疑い、個人情報を回答することに慎重になることもあるだろう。
月に1.8万件という解明のペースと、1,726万件という解明を要する件数を前にして鑑みると、年金記録を誤って別人に統合してはならないという慎重さが、会社名等が思い出せないために本来の年金を受け取れないという犠牲と釣り合っているものか、疑念が生じる。
死亡者の年金記録にも権利はある
すでに触れた「未統合記録(5,095万件)の解明状況 <令和5年9月時点>」(日本年金機構HPへ外部リンク)の「解明された記録」の3,369万件という数字だが、これは「基礎年金番号に統合済みの記録」とイコールではない。
「解明された記録」3,369万件の内訳は、「基礎年金番号に統合済みの記録」2,083万件、「死亡者に関連する記録及び年金受給に結びつかない記録」1,286万件だ。更に、後者の内訳は「死亡者に関連する記録」760万件と「年金給付に結びつかない記録」527万件となる。
その中で、ここでは「死亡者に関連する記録」760万件に言及することにする。
「死亡者に関連する記録」は「解明された記録」に分類されているが、実のところ、基礎年金番号に統合するといった、持ち主を確定する記録訂正がされていない。それは、遺族年金を受け取っている方以外はその所在の特定が困難という理由から、記録を訂正するためのお知らせがそもそも送付されていないからだ。
しかし、通知の対象者となるご遺族の所在の特定が困難だからといって、「死亡者に関連する記録」を「解明された記録」と分類するのには疑問がある。
なぜなら、持ち主不明だった年金記録が新たにご本人の記録と分かれば、ご本人が本来受け取る権利のあった年金額を、未支給年金(日本年金機構HPへ外部リンク)として一定のご遺族が受け取ることが出来るのだから。そして、年金の支給を受ける権利は通常5年で消滅するが、年金記録の訂正により増額されたり新たに発生した年金は、本来の権利に基づいて全額が支払われる。(「年金時効特例法」を参照。日本年金機構HPへ外部リンク)
このことは、今年の国会において質疑の対象となり、またこれからの対応の可能性を検証するためのサンプル調査も実施されている。(「死亡者に関連する記録を中心とした未統合記録に関するサンプル調査の実施状況について」を参照。 「社会保障審議会年金事業管理部会資料(第68回)」>「資料」>【資料3】より。厚生労働省HPへ外部リンク)
なお、上記資料によれば、「死亡者に関連する記録」からサンプルとして609件の記録を調査したところ、年金給付に結びつく可能性の高い記録が6件あったということだ。
今後、必要な対応の検討が待たれる。
まとめ
年金記録問題に関して、当時の担当大臣は、「最後のひとり、最後の1円まで確実にしっかりやる」と発言している。
この発言は、問題に着手する前の意気込みだったと割り引いたとしても、現状はその言葉の重みを受け止めたものとは言えない。
しかし、「死亡者に関連する記録」に動きが見られるように、年金記録問題の解明を進めるために出来ることはまだある。
年金記録問題への世間の関心が再び強いものとなれば、それが政府から厚生労働省への働きかけにつながり、現状の停滞状況を大きく進展させることも可能だろうと思う。