はじめに
日本の年金制度は、国民皆年金の実現や高齢者の生活保障を支えてきました。
しかし、その一方で「なぜ今も残っているのだろう」と感じる制度や運用ルールも少なくありません。中には、受給者や被保険者が不利益を被る仕組みなのに、一般にはあまり知られていないものもあります。
今回は、20年以上年金制度に携わってきた経験から、「廃止または抜本的な見直しが必要ではないか」と感じる制度・運用を10項目に整理して紹介します。
1.在職老齢年金
働く高齢者の年金を減額する制度です。
「高齢者の就労促進」が政策目標であるにもかかわらず、一定以上の賃金を得ると老齢厚生年金が減額されます。
働けば働くほど年金が減るため、「これ以上働くと損をする」と考える人も少なくありません。人手不足が深刻化する中、時代に逆行した制度といえるでしょう。
2.失業給付との調整
65歳未満で老齢厚生年金を受給している人が雇用保険の基本手当(失業給付)を受けると、年金が支給停止になります。
保険料を長年納めてきた年金と、雇用保険料を納めてきた失業給付は本来別制度です。
それにもかかわらず、一方を受けると他方が止まる仕組みは分かりにくく、不公平感があります。
3.選択制による年金の受給制限
障害年金や遺族年金など、複数の受給権が発生した場合に「どちらかを選択しなければならない」ケースがあります。
給付の重複を避けるための制度とされていますが、 権利として発生している年金を受けられないという点で納得しづらい仕組みです。
老齢、障害、遺族と、それぞれに受け取るべき権利があるのならば、それを受け取れる制度であってもいいのではないでしょうか。
4.障害年金の複雑な請求手続き
障害年金は制度そのものよりも手続きの難しさが問題です。
初診日の証明、病歴・就労状況等申立書、診断書など、多くの書類を準備する必要があり、本来受給できる人でも請求するのに高いハードルがあります。
より簡素で支援的な手続きへの改善が求められます。
5.10年の受給資格期間
2017年までは老齢年金を受給するために25年の受給資格期間(「さ行 受給資格期間」年金機構のHPへ外部リンク)が必要でした。
現在は10年まで短縮されましたが、それでも受給資格期間が10年に満たない人は老齢年金を1円も受け取れません。
保険料を納めた期間に応じて年金額を計算する制度である以上、受給資格期間の10年にこだわる必要に疑問を覚えます。
6.年金記録問題の申し出主義
2007年に約5千万件の持ち主不明の年金記録が存在することが公表され、「年金記録問題」として大きな社会問題となりました。しかし現在でも、「解明作業中又はなお解明を要する記録」は1,652万件残っています。(「年金記録問題とは?」年金機構HPへ外部リンク。同ページ内の未統合記録(5,095万件)の解明状況(PDF)<令和8年3月時点>参照)
現在の仕組みでは、持ち主不明の年金記録を本人の記録として確定するためには、原則として本人からの申し出が必要です。
しかし、自分で年金記録のもれに気づき、何十年も前の加入歴を正確に申し出ることを求めるのは、制度の運営として不自然です。
年金記録の管理は本来、国の責任です。
私は年金機構職員として年金記録問題を担当してきましたが、解決策の一つとして「推定統合」の導入が必要だと考えています。(「『年金記録問題』を解決するための3つの方法」へ内部リンク)
推定統合とは、氏名、生年月日、住所履歴、勤務先履歴などから、国が高い確率で同一人物と判断できる記録について、本人の申し出を待たずに統合する仕組みです。
現在は誤統合が判明した場合、過去5年間の過払い年金について返納を求めることがあるため、行政側は慎重にならざるを得ません。
しかし、記録管理の責任を国が負うのであれば、その結果生じたリスクも国が負担するべきではないでしょうか。
すなわち、国が推定統合を行った結果として誤統合が発生した場合は、受給者に返納を求めない制度に改める、ということです。
このような仕組みを導入することで、現在も残る「解明作業中又はなお解明を要する記録」1,652万件について、解消に向けた大きな前進が期待できるかもしれません。
7.国民年金基金
自営業者向けの上乗せ年金制度として設立されましたが、現在は付加年金やiDeCoなど代替手段が充実しており、制度の役割が重複しています。
国民年金基金とは、加入した時点の予定利率が一生涯適用される確定給付型の仕組みです。新規加入者の予定利率は1.5%に設定されていますが、1995年以前は5.5% とより高い利率でした。( 「事業状況等」国民年金基金へ外部リンク。「令和6年度 国民年金基金連合会決算」参照)
近年は、国民年金基金への加入者が減少する一方で、年金受給者が増加してきており、過去の高い利率で加入した受給者への支払いが財政に負担をかけています。
また、国民年金基金を含む年金関係団体には、年金機構出身者の再就職先となっているとの批判もあります。
制度目的や加入者数の推移を踏まえ、存続の是非を検証すべき時期に来ているのではないでしょうか。
8.老齢年金への課税
老齢年金は税法上「雑所得」として課税対象になります。
現役時代に保険料を納めた上で、受給時にも課税対象となることに違和感を持つ人は少なくありません。
高齢者の生活保障という観点からも、課税のあり方は再検討の余地があります。
9.保険料賦課方式
現役世代が高齢者を支える賦課方式は、少子高齢化に弱い構造です。
さらに、 保険料徴収や加入記録の管理、各種届出など制度運営が複雑になりやすいという問題もあります。
将来的には、「積立方式」や「税方式」への移行も視野に、より分かりやすく事務負担の少ない制度を目指すべきなのではないでしょうか。
10.年金機構の組織体制そのもの
年金記録問題を受けて社会保険庁は廃止され、日本年金機構が設立されました。
しかし、その業務と職員の大半は変わらず引き継がれており、「看板の付け替え」による責任逃れだったという批判が強くあります。
利用者目線では、依然として手続きの複雑さや分かりにくさが残ったままです。
デジタル化が進む現在、組織の存続を前提とした運営ではなく、マイナンバーを活用した自動処理型の仕組みへ転換すべき時期ではないかと、退職した年金機構を見つめています。
おわりに
年金制度は国民生活の基盤であり、安易な廃止論では解決できません。
しかし、「昔からあるから」という理由だけで残っている制度や運用は見直されるべきです。
特に、受給者が知らないことで損をする制度や、行政側の都合で複雑化した仕組みは、積極的に見直されるべきでしょう。
年金制度への信頼を高めるためにも、「受給者本位」「分かりやすさ」「自動化」の視点から抜本改革が求められています。
年金制度は国民一人ひとりの老後に直結する制度です。だからこそ、制度を維持すること自体を目的とするのではなく、利用者にとって公平で分かりやすい仕組みであり続けることが重要と考えます。
